雑記 小池和夫さんをリツイートした件

小池さんのツイートは、毎日どこかでリツイートされてて、よく目に付いてしまいます^^;

いいなあと思うこともあるので、別アカウントでフォローさせていただいたりもするんですが・・・

アカウントは複数いらんだろうというツイートもあったりで、それはごもっともだと思います^^;

上のツイートは、パッと見ただけではすごくショックな印象も受けます。

それが、自分がすごい鬱状態のときだったならば「誰かに縁を切られるのではないか?」というネガティブな解釈にもなりそうですね。

しかし、「本物の縁ならば、また繋がる」とあるのが救いなのです。

縁を切るのは簡単です。私ならば、縁を切るというより、距離を、置きます。

距離を置いたまま、自然消滅するならそれまで。

そのまま完全に縁は切れるでしょうね。

下のツイートに関連して。

やたらめったら人に絡んで親切にしようとする人がいるけども、私そうなる傾向があるけども、自身のもつ器以上のものを抱え込んでしまってないか?と。

いろんなところに手を出しすぎて、疲労して、判断力をなくして、地雷を踏むと言うのはよくあります。

リアルで仲のいい友人に、私もよく叱られるんです。

「身の程をわきまえずに、あれもこれもと抱え込みすぎ」と。

そういう状態のときは、上にも書きましたが疲労して判断力をなくした状態です。

そういうときに「良かれと思ってした行動」が他人にとっては迷惑になる、いわゆる地雷になることが多々あります。

「最善と思ったことが最悪の結果を生んでしまった~」というものすごい辛い経験が、私には何度もありました。何度経験しても、同じ失敗を繰り返すと言うのは人間の業ですね・・・

小池さんのツイートには、「人を切る」という言葉が強く感じ取られてしまうのですが、多分、見捨てると言う意味ではないと解釈してます。

「自分を救えない奴に、他人など救うことは出来ない」というのもよく耳にします。

私は、誰かに親切にしてもらったとしても、それでその人が楽しそうにしてくれてたら嬉しいけども、何か苦しそうな、無理しているようなことが伝わってくることもあり、それに対してすごく重たく感じてしまいます。

そういうのも、ツイートから感じ取りました。

私はもう若くないのですけどねw

今の私も万全の状態とはいえませんし、ブログを書いてもいい記事になるかどうか、微妙です。

文章筋肉を休めたくないのと、更新を開けたくないという気持ちだけで書いてます。

このブログがこれからどれだけの人に読まれるか、というのは自分の能力次第です。

いいブログになっていけば、自然に読者も増えるでしょう。

今は、ひたすら修行の日々だと思ってます。

今日のこの記事は、あのリツイートにどういう意図があったのかを書いておきたかった。それだけです。

というわけで、今夜はこれで記事を終りたいと思います。

お読みいただき、ありがとうございました。

スポンサーリンク
アドセンス
スポンサーリンク